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アフガニスタン、ダリー語について

『悲しみを聴く石』をダリー語と日本語で読みました

peacock-feather

Susanne Jutzeler, suju-fotoによるPixabayからの画像

 

こんばんは。

梅雨が始まったせいか、体調が本調子ではないので、少しペースを落として生活しています。
しかたないですね。自然の流れに逆らわず、ゆっくりと。

 

今日は本を一冊紹介します。

アフガニスタン出身の作家が書いた本『悲しみを聴く石』です。

初めてダリー語で小説を読みました!

といってもカラクリがあって、日本語版も持っているから読み通せたとも言えるのですが。いずれにしても嬉しいです。

日本語版はこれまでに何度か読んでいたのですが、今回の読書が一番深く読めたと思います。自分の母語(日本語)ではない言語(ダリー語)で読むと、母語で読んだときには見えないものが見える気がします。

 

本の紹介

原書(フランス語):SYNGUÉ SABOUR  Pierre de patience

ダリー語版:«سنگ صبور»
邦訳版:『悲しみを聴く石』

作者:アティーク・ラヒーミー氏 عتیق رحیمی

メモ:作者はアフガニスタンからフランスに亡命した映像作家であり小説家。
邦訳は2009年、ダリー語訳はアフガン暦1391年冬(2012年)発行。

 

 

ダリー語版の入手経緯

ダリー語を学び始める前から、この本の日本語版を所有していました。

ダリー語版は、カーブルの本屋さん(SHAH M BOOK CO )に辞書を注文した際に、「いつか読みたい」と思い、併せて入手していました。

 

www.daridaridari.com

 

1年以上前に届いたときには歯が立たたなかったのですが、ここ1年で毎日新聞を読んだり、教科書のダリー語も辞書を引きながら読めるようになってきたこともあり、挑戦してみることにしました。

辞書はほとんど使わず、1か月かけて読み終えました。
頭からダリー語版をごりごり読んで(例えば1ページとか内容の切れ目まで)、その後日本語版を読む、というのを繰り返しました。

とにかく細かいことは気にせず、筋を追って読むことだけを目標にしました。

個人的には、この方法はとても良かったです。辞書を引かなくても、日本語版で確認できるので、頻出単語が脳に定着します!

 

 

左側がダリー語版、右側が日本語版です。

f:id:aya_dari:20200523165728j:plain

 

あらすじ

「アフガニスタンのどこか、または別のどこか」の室内に、
戦争で植物状態になった夫と、看病する妻がいます。

反応がない夫は、妻の悲しみを聞く「サンゲ・サブール(忍耐の石)」。
妻はこれまで夫に抱いていた怒りや悲しみ、家族との思い出、自分の秘密を夫にひとつひとつ語っていきます。すると・・・・・・

 

感想

ダリー語で100ページを超える小説を読むのは初めてだったので、最初は大変でしたが、筋を終えるようになってからは比較的読みやすいと感じました。

もちろん、それはこの小説が文学的に優れているから、物語に読者を引き込む力があるからだと思います。
この小説の舞台は「アフガニスタンのどこか、または別のどこか」と書かれていて、場所は限定されていません。その社会では女性であること、男性であることによって、求められていることが明確にあって、そのなかで苦しみ悲しむ人の感情が語られます。

ただ、決してかわいそうな人たちとして一面的に描かれているのではなく、女性の生き抜く知恵や強さも含めて多面的に描かれています。当たり前のことですが、戦下で暮らす特殊な女性の物語ではなく、自分と変わらない人間の物語として読むことができました。

小説にはこんな台詞が出てきます。

「ああ、サンゲ・サブール、女であるのがつらいとき、男であるのも同じようにつらくなるのよ」

«ا«اوه،سنگ‌ِ صبورِ مه، زمانیکه زن بودن سخت‌اس، مرد بودن هم سخت می‌شه!۱

(日本語版p.146、ダリー語版p.110)


小説の中では、結婚して子どもを授かれないのは妻のせいということで、彼女はある解決策を選びます。でもそれは精神的にとても大変なことだった。

社会の中で無意識に作られたこうあるべきという役割が苦しい、つらいと感じるのは、この小説の人たちだけではなく、私たちにも共感できる部分があるかもしれません。

 

日本語版の訳者(関口涼子氏)あとがきでは、ラヒーミー氏の言葉が紹介されていました。

 ただし、ラヒーミーは「アフガニスタンの女性の悲惨な状況について書くことが自分の目的ではなかった」、と語っています。「メディアで報道されるアフガニスタンの女性はヴェールの後ろに隠れ、夫に服従する、虐げられた女性というイメージしかもたらさないけれど、実際のアフガン女性たちは、男性にも負けない強い個性を持っている。しかし同時に、最も抑圧されている存在でもある、その矛盾する状況を同時に生きているのがアフガニスタンの女性であり、それを見てもらいたい」

 (日本語版 p.154から引用、ただし、引用者により傍点の代わりに太字表記とした。)

 


あとダリー語学習の点では、小説内の会話が話し言葉(カーブル方言)だったので、勉強になりました。次はメモを取りながら読みたいです。
(テヘラン方言からカーブル方言に翻訳の書き直しを行ったと書かれていました。)


それから、ダリー語版を出版してくれたカーブルの出版社にお礼を言いたいです。

この小説はフランスのゴンクール賞を受賞した文学作品ですが、性描写などがところどころに出てくるので、よくカーブルで出版できたなと、正直驚きました。
関係者の皆様、本当にありがとうございます。

手元のダリー語版は1000部印刷と書かれているので、1000冊中の1冊が手元にあるというのも特別感があり嬉しいです。

今回はかろうじて読めましたが、ダリー語については、まだまだということが実感できたので、2巡目はメモを取りながら読みたいと思います。 
いつかダリー語の小説に囲まれて、読書三昧生活をしたいです。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。
では。

 

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

 

最近読んだ本『幸せの残像』

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kristamoniqueによるPixabayからの画像
2019年12月28日最終更新

 

 今日は、最近読んだ本を紹介します。

『幸せの残像』という本で、英語からの邦訳版を読みました。

原書はイランのペルシア語で書かれた «سهم من» (sahme man, 直訳は、『私の取り分』)という本です。作者はパリヌッシュ・サニイ氏。

 

幸せの残像 THE BOOK OF FATE (Woman's Best 2)

幸せの残像 THE BOOK OF FATE (Woman's Best 2)

 

  
この本の何が凄いかというと、「物語の力」が半端ないです。
作品の世界観に引き込まれました。
これほど続きを読みたくて仕方なくなった物語は、久しぶりでした。
全体で650ページありますが、自然な日本語に訳されているのであっという間に読めました。

一見、恋愛小説と思いきや、家族、友情、政治的なイデオロギーなどの話も描かれています。所々で「私」とは何者なのかという深い問いも出てきます。

 

簡単なあらすじ
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1950年代のイラン。主人公のマスーメは中等学校(高校)に通う少女。
父親以外の家族はマスーメが学校に通うことを快く思わず、早く結婚するべきだと考えている。一方のマスーメは勉強が好きで、大学への進学を夢見ている。
ある日、マスーメは薬屋で働く青年サイードと恋に落ちる。互いの想いは募るばかり。2か月後、交わした手紙が家族に見つかり、家族の名誉を汚したとして、マスーメは学校を辞めさせられ、知らない男性に嫁がされることに。

子どもを産み、育て、さまざまな苦労や運命に翻弄されながら生きていくマスーメ。
30年以上を経てサイードと再会するが・・・・・・

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この本はイランで2度発禁処分になるも発売され続け、ベストセラーになったそうです。読み終えたらその理由が分かっていただけると思います。

物語を通じて、主人公には「娘」、「妹(姉)」、「妻」、「嫁」、「母」、「祖母」などの役割があり、その中で精一杯生きています。でも最後に、その役割を超えた「自分って何だったのだろう?」という疑問が生まれます。

 

役割を超えて自分の心の赴くままに生きることはできるのでしょうか。
これはこの主人公に限らず、多くの人が考える問いなのかもしれません。

もしご興味ある方は、お手に取ってみてくださいね。

これが今年最後の記事です。いつも当ブログをお読みくださりありがとうございます。
日記は毎日更新しますが、次回の記事は年明けを予定しております。

皆様、よい年末年始をお過ごしください。

アフガン産サフラン最高品質認定と、サフラン企業創業者の話

sunset

Free-PhotosによるPixabayからの画像
2020年8月27日最終更新

こんにちは。

皆さんは、ベルギーのブリュッセルに拠点を置く国際味覚審査機構 (International Taste Institute: ITI)をご存じですか。

この国際味覚審査機構は、色々な商品の味覚を審査しています。
日本でもソーセージなどの袋にメダル印のシールがついているのをご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。

アフガン産サフラン 最高品質三つ星認定

この国際味覚審査機構( ITI)の2019年審査で、アフガニスタン産サフランが最高品質三つ星にあたる優秀味覚賞(Superior Taste Award)に認定されたそうです。

8度目の認定。凄いですね。

実際の記事ではこのように紹介されていました。 

۱

アフガニスタン生産者組合は、アフガニスタン産サフラン8度目となる世界最高品質のサフランに認定されたと述べている。
同組合によると、ベルギーにある味覚審査機構によって、アフガン産サフランが世界の他のサフランよりも上質であると識別された。

(出典:「アフガニスタン産サフラン 世界で最高品質サフランに8度目の認定」、1398年射手座月29日付TOLOニュース記事。和訳、太字は引用者。)


アフガン産サフランの最高品質三つ星認定は、今回で8度目なのですね。
8度目、第8などの序数詞は、以前の記事م  (-om)をつけた形هشتم(hashtom)を紹介しました。この序数詞は名詞の後に置きます。

(例)8回目  بار هشتم (baar-e hashtom)

今回の序数詞は、上記とは別の形です。
مین (omin)を付けてهشتمین‌ (hashtomin)になります。
この序数詞は名詞の前に置きます。

 (例) 8回目   هشتمین بار‌ (hashtomin baar)  

 

世界で取引されているサフランは430トン。
このうちアフガニスタンで生産されているのは8.15トン(全体の6.3%)だそうです。
高品質なサフランは国内外で高額取引されているようなので、
今後、アフガニスタンの基幹産業になっていくかもしれませんね。

 

元記事はこちら。

「アフガニスタン産サフラン 世界で最高品質サフランに8度目の認定 」

tolonews.com

国際味覚審査機構(International Taste Institute: ITI)による認定サフラン 

さて、最高品質を認定したITIのサイトによると、審査は

「味の評価は独立したプロの専門家集団により行われます。製品はヨーロッパで最も著名な飲食関連協会所属の200人以上のシェフとソムリエで構成される審査員団により審査されます」

 ということなので、かなり厳正な審査のようです。

ITI公式サイト:https://www.taste-institute.com/ja/home


受賞製品
にsaffronと入れて検索してみると、該当のサフランがヒットします。

三つ星:Afghan Saffron Company
二つ星:米国企業のアフガン産Divine Healing Saffron、スペインのPina Saffron
一つ星:アフガニスタンのAladdin-spice社

この三つ星を取った会社の創業者の話を『フェアトレードのおかしな真実』(コナー・ウッドマン 著 松本裕 訳)という本で読んだことがあります。

フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た

フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た

 

どんな思いでサフランをアフガニスタンに根付かせたかが書いてあったので、引用しますね。 

Afghan Saffron Company創業者の話

 彼(ガファール・ハミザイ)はまだ24歳だが、すでにアフガニスタン有数の成功を収めたビジネスマンだ。ガファールの会社アフガン・サフランは、つい5年前(2007年頃)までアフガニスタンではほとんど知られていなかった作物、サフラン[アヤメ科の多年草。香辛料や着色剤に使用される]の国内最大の輸出業者だ。ガファールは、会社の一風変わった立ち上げの頃から、かねて壮大な計画を描いていた。
(出典:『フェアトレードのおかしな真実』、p.225、丸括弧は引用者補足)

「僕たちが提供しているのは『サフランのフルセット』と呼んでいるもので、球茎を売るだけじゃなく、サフランをどうやって植え、育て、収穫し、商品の状態にできたらどうやって売り込み、販売すればいいかまでアドバイスするんです」

(中略)

「今はここヘラートにつくった2か所の研究所で、サフランの検査と認証をおこなっています。最高のサフランをつくった農家には1キロあたり1500ドル、世界最高のサフランには2500ドルだって出しますよ」

(出典:同上p.226-227)


こうしたきめ細やかなサービスを提供しているからこそ、短期間で品質が改良されて、最高品質を獲得できているということなのかもしれません。

この本では、実際にアヘン農家からサフラン農家に転じて成功した人の話なども取り上げられています。その方曰く、

「それでもサフランのことを知らなかったから転換には消極的だった。だが他の農家がいい稼ぎを得ているのを見たら、自分たちもやりたくなった」

(出典:同上p.228)

良い収入が得られる作物があれば、自然と転換していく流れが生まれるのですね。

この本には、「フェアトレードって現地の人々にとって本当にフェアなの?」、「フェアトレードのロゴやメッセージがマーケティングツールとして利用されているのでは?」などの疑問を持つ著者が(アフガニスタンを含む)世界各地を取材した内容が纏められています。

明確な答えや結論が提示されているのではなく、読み終えた後にひとりひとりが考える材料をもらえる本だと思います。 

今日も読んでくださりありがとうございます。
では。

いつかアフガニスタンを歩いてみたい

هرات

David MarkによるPixabayからの画像
ヘラートの風景

 

こんばんは。

今日はアフガニスタンについて書かれた本、『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』(原題:The Places in Between)を紹介します。

日本語版は2010年に発行されていますので、ご存じの方もいらっしゃると思います。

 

戦禍のアフガニスタンを犬と歩く

戦禍のアフガニスタンを犬と歩く

 

 

著者は、英国スコットランド出身。

2000年にイラン、アフガニスタン、インド、パキスタンを経てネパールまでの9,600 kmを歩いて横断することを決意。

イランでビザを取り上げられてしまったためアフガニスタンに入国できず、先にネパールまでを16か月かけて踏破。ネパール東部に到着した2001年12月、タリバン政権崩壊のニュースを聞いてアフガニスタンに向かいます。

 

この本では、2002年1月から40日程の道のり(ヘラートからチャグチャラーン、バーミヤンを経てカーブルまで)が書かれています。

偶然の巡り合わせで、ムガール帝国初代皇帝バーブルの日記『バーブル・ナーマ』بابر نامهに書かれていたのと同じ中央ルートを、バーブルと同じ1月に歩き始めたそうで、この本でもところどころバーブルの日記が引用されています。

 

9,600 kmという距離自体、果てしなく長い距離ですね。

日本の全長が東西南北に約3,000 km(参考:国土技術研究センターと言われていますから、その3倍強ということになります。

 

アフガニスタンのヘラートからカーブルまでを歩くという発想も、無謀とも言えるような勇気です。実際、さまざまな民族が暮らす地域を雪深い冬の時期に歩くことについて、アフガン人からも車で行くように何度も説得されるのですが、著者は断って歩いていきます。

ドラマチックな表現はなく、淡々と書き進められています。途中、身の危険もあるのですが、あまりにも冷静な描写がされていて、読んでいるこちらが驚きます。

 

詳しい行程の地図は本に書かれているので、この記事では簡単な位置関係だけ記しておきますね。 

 

 アフガニスタン西部のヘラートから首都カーブルまで

افغانستان 

出典:United States Central Intelligence Agency. Afghanistan. [Washington, D.C.: Central Intelligence Agency, 2002] Map. https://www.loc.gov/item/2002626218/. (ただし、図の加工は引用者によるもの。)

 

4つの州を通過する道のりについて、こう書かれています。

ハリ・ルド川沿いに高い峠をいくつも越えてその源流にたどり着き、そこからカブール川沿いに首都まで下るのがこの旅のルートだ。それはヘラート、ゴール、バーミヤン、ワルダクの四つの州を通過する。その四州は大まかに言って、四つの異なる地形と四つの異なる民族を象徴している。

 

出典:ローリー・スチュワート(2010年)『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』白水社 p.89

 

ヘラートは平原でタジク人が暮らし、ゴールの山岳地帯ではアイマーク人、バーミヤンの高山地帯にはハザラ人、ワルダクの谷と砂漠ではパシュトゥーン人が暮らしています。その人たちとの出会い、もてなし、別れが書かれています。

 

ある村のベグ(部族長)は著者にこんなことを言います。

 

「でも、この谷の村同士でも戦いがありました。(中略)だからまだ血で血を洗う復讐劇は進行中です。この二五年間、あなたがいま歩いているルートの端から端までを、わたしたちは歩くことができないでいるのです。わたしたちには危険すぎる。あなたが安全なのはよそ者だからです。(後略)」

出典:同書 p.271

 

ひとつの国であっても、自由に行動できるわけではないのですね。

日本では自由に移動できるのが当たり前ですが、アフガニスタンでは移動も当たり前でないことや、宗派によってもてなし方が違ったりなど、読んでいて勉強になることが沢山ありました。

 

まだ読んでいない方には、お勧めしたい一冊です。
読むと旅をしているような疑似体験ができると思います。

こんな広い空の下を、いつか歩いてみたいです。(冬ではなく、夏に。)

چغچران

ゴール州チャグチャラーン

 

童話『ハトとカラス』<後編> کبوتر و زاغ

shoebill

Markéta MachováによるPixabayからの画像

 

こんばんは。

 

今日の写真は一度見たら忘れられない、ちょっと漫画っぽい鳥ハシビロコウ (Shoebill; Balaeniceps rex)です。驚かれた方いらっしゃったら、すみません。

 

私はこういう感じの生き物も結構好きです。
ちょっと恐竜的というか、時空を超越した雰囲気を醸し出していると思いませんか?

 

ダリー語ではلک‌ لک نیل (lak lak niil)と呼ぶようです。
アフリカ(西ナイル地方など)に生息する鳥で今回の童話には出てきませんが、なんだか不思議と気になる鳥です。

 

 

ところで、前回の記事でغالمغالجار‌و‌جنجالについて書きましたが、غالمغالはダリー語特有、جار‌و‌جنجالはイランのペルシア語だけでなく、アフガニスタンでも使うそうです。

ダリー語には色々な表現があるのですね。言葉が豊かだなと思います。

元記事は紫文字で追記しました。良かったらご覧ください。

 

www.daridaridari.com

 

 

 

特に勉強になったフレーズ 其の二

前回の続きとして書いていきます。

 

 اگر نول او را شکستاندم باز شما گله نکنید.۱
(‍もし俺がその(ハトの)嘴を折っても、文句を言わないでくれ。)
 
(和訳は拙訳。以下同様。)
 
نول  (nol) はダリー語で、くちばしの意味です。
他に嘴の意味の単語として、アフガニスタンとイランのペルシア語に共通するのは、
منقار(menqaar)、‍نوک (nok) です。
ペ日・日ペ 現代ペルシア語辞典(合本)ダリー語・ペルシア語用語集調べ、以下同様)
 
 
گله کردن (gela kardan) (やさしめの)苦情を言う
※「なんで言ってくれなかったの? 水くさいねぇ」という時もگله  (gela) だそう。

 

 

کبوتر گفت زاغ ناحق تهمت میکند.۱
(‍ハトは言いました。カラスには無実の罪を着せる権利はありません。)
 

 تهمت کردن (tuhmat kardan) 無実の罪を着せる

 

 

مرغها به یک آواز گفتند که کبوتر راست میگوید. زاغ هیچ حق ندارد که با غالمغال هرچیز را از خود کند.۱
(‍鳥たちは同じことを言いました。ハトは正しいことを言っています。
カラスが騒ぐことでなんでも自分の物にする権利は一切ありません。)
 

 

 

مرغها یک نماینده را پشت اتوتک روان کردند.۱
(‍鳥たちは代理の一羽ヤツガシラを呼びに行かせました。)
 

 

 نماینده را پشت کسی روان کردن  (numaayenda raa pusht kase rawaan kardan)

直訳は「代理人を人の後ろに送る」、意味は「代理人を使って人を呼びに行かせる」です。(当然ですが代理人と人の部分は、別の単語に置き換えられます。)

 

زاغ گفت یک سال میشود که من این خانه را برای خود تیار کرده ام. کبوتر آمده و خانه‌ٔ مرا به زور گرفته است.۱
(‍‍カラスは言いました。俺がこの家を自分で作ってから1年が経ちました。ハトがやって来て、俺の家を力ずくで奪ったのです。)
 

تیار کردن (tayaar kardan)  作る、用意する、準備する

これはダリー語特有の表現です。 

 

ダリー語とイランのペルシア語で、意味が同様の表現を挙げます。

تهیه کردن (taheeya kardan)
درست کردن (durust kardan) 

آماده کردن (aamaada kardan) 

ーーー

به زور گرفتن (ba  zor greftan) 力ずくで奪う

 

 

اگر من یک فیصله کنم، همه قبول میکنید؟
مرغها با تکان دادن بالها موافقت خود را نشان دادند.۱

(‍もし私が仲裁したら、皆同意してくれますか。)
(鳥たちは羽を揺らして自らの同意を示しました。)

 

فیصله کردن  (faisala kardan) 仲裁する

تکان دادن (takaan daadan)  揺らす

نشان دادن (neshaan daadan)  示す、明らかにする

 

2行目の例文、~によって・・・する という表現の باの使い方が勉強になりました。

複雑な表現は、日本語からダリー語に戻せるかと考えながら復習しています。「自分の発想にはない」ダリー語特有の表現などを収集して練習したいです。

 

 

من از کبوتر عذر میخواهم و ازین که چوچه‌ٔ کبوتر را به زیر انداخته‌ام بسیار شرمنده میباشم.۱
(‍俺はハトに謝りたい。
ハトの子どもを地面に落としてしまったことをとても恥じている。)
 

 

از ... عذر (az u'zur )  ・・・を詫びる

از ... شرمنده بودن (az sharmenda boodan) ・・・を恥じている 

 

 

 

اتوتک کبوتر و زاغ را آشتی انداخت.۱ا۱
و به زاغ گفت که بعد از این با کسی جنگ و دعوا نکنی.۱

(‍ヤツガシラはハトとカラスを仲直りさせました。そしてカラスに言いました。これからは誰ともけんかしたり争ったりするんじゃないよ。)
 

 آشتی انداختن (aashtee andaakhtan)  (第三者が)人を仲直りさせる

 

آشتی (aashtee、仲直り)の反対語は、جنگی (jangee、喧嘩している)。

品詞の違いはありますが、上の例文には反対語が盛り込まれていますね。

本を読むと、表現の豊かさが自然に身につくのかもしれません。

 

 

زاغ عزم کرد که دیگر با کسی جنگ و دعوا نکنید.۱
زاغ گفت آفرین کبوتر که برای من قدر زنده‌گی مشترک و یکجایی را فهماند.۱

(‍カラスはもう誰ともけんかしたり争わないことを決意しました。カラスは言いました。立派なハトよ、俺に一緒に共存する尊さを教えてくれてありがとう。)
 

 

この文章で、ひとつ新しい発見がありました。

دیگر (deegar)は今まで、「他の」「別の」「次の」という意味だけだと思い込んでいたのですが、この文章では副詞で使われていて、否定と共に用いて「もう~でない」「もはや~でない」の意味になります。

 

こういうのってなかなかひとりで勉強していると気がつきにくいです。

教えていただいて自分にとっては良い気付きだったので、紹介しました。
少しでもお役に立てることがあれば嬉しいです。

今日も読んでくださってありがとうございます。

ではでは。