こんばんは。
先日からアッバス・キアロスタミ監督の映画DVDをいくつか紹介しています。
今回は、これまた有名な『桜桃(おうとう)の味』を紹介します。
この作品も「イラン映画が好きなら観るべき」作品として何人かに紹介されていました。
今年5月にようやく見ました。
この映画について
題名:『桜桃の味』
原題: « طعم گيلاس »監督・脚本:アッバス・キアロスタミ
制作年:1997年
イラン作品
この作品、Amazonで単品で販売しています。
アッバス・キアロスタミニューマスターBlu-ray BOX II にも入ってるようです。
何度も繰り返し見たいと思って、単品で購入しました。
いつか字幕なしで映画を楽しめるレベルに到達したいです。
この作品も、出演した俳優は全員素人だそうです。
主役の俳優を見つけるのに5年程かけたそうですが。
イラン映画のそんなところが好きです。
あらすじ
自死を考えている男性が主人公の話です。
(深刻なテーマですが、生きることの喜びにフォーカスされた映画なので、暗い気持ちになりませんでした。)
主人公の男性が車を運転しながら、自分が死んだ後に土をかけてくれる人をひたすら探しています。
「今夜睡眠薬を飲んで土の中に横たわる。明朝ここを訪れて、返事があったら僕を穴から出して。返事がなかったら土をかけて欲しい。報酬としてお金を渡すから」と言う相談を持ちかけます。
お金に困っているクルド人の青年兵士にも、神学校に通うアフガン人青年にも、断られてしまいます。
むしろそんなことを考えてはならないと諭されてしまうのですが、
主人公は全く聞く耳を持ちません。
最後に乗せたトルコ人のおじいさんは、事情があって、渋々ながらこの頼みを引き受けます。
その後、おじいさんが主人公に語りかけます。
「わしも若い頃、生活が苦しく、疲れ果てて、死のうとしたことがあった・・・・・・」
感想(これから観る人は読まないでね。)
主人公(バディ)のその後は描かれていないので、最終的にどちらを選んだのかは分かりません。
観る側に委ねられています。
主人公は自分の無茶な願いを誰かに受け止めてもらいたかったのかもしれません。
最初に車に乗せた若者からはできないと言われ、2人目の神学生からは思いとどまるよう諭されました。
しかし3人目のトルコ人のおじいさん(バゲリさん)は、子どもの病気の治療費が必要だからと、渋々ながらも受け入れてくれた。
そこでバディの心の扉が少し開いて、他人の話を聞く気持ちになったのかもしれません。
バゲリさんが思い出話をします。
かつて自分も死のうとしていたことがあった。夜が明ける前、家の側の果樹園でロープをかけようとしたが上手くいかず、登った木になっていた桑の実に命を救われた、と。
甘い実を食べているうちに、夜が明け、美しい太陽と景色を目にした。
学校へ向かう子供たちがやってきて、木を揺すって実を落として欲しいと言ってきたという話をします。
バゲリさんは、桑の実を食べただけで、人生が好転したとは言わないのですが、
そのことをきっかけに、自分の気持ちが変わり、考え方が変わったと言います。
あんたの体は何ともない、ただ考えが病気なだけだ。
わしも自殺しに行ったが、桑の実に命を救われた。
ほんの小さな桑の実に。
あんたの目がみてる世界は本当の世界と違う。
見方を変えれば世界が変わる、
幸せな目で見れば、幸せな世界が見えるよ。
希望はないのか?
朝起きたとき空を見たことはないかね?
夜明けの太陽を見たいとは思わないかね?
赤と黄に染まった夕焼け空をもう一度見たくないか?
月はどうだ? 星空を見たくないか?
夜空にぽっかり浮かんだ満月を見たくない?
目を閉じてしまうのか?
(中略)あの世から見に来たいほど美しい世界なのに、
あんたはあの世に行きたいのか。
自分の無茶とも思える頼みを聞き入れてくれたバゲリさんからこの話を聞いて、主人公バディの心の中に固まっていた何かが少し溶けたのかもしれません。
バゲリさんを自然史博物館に送り届け、バディは帰ろうとするのですが、思い立ったように引き返して、再びバゲリさんに会いにいきます。
バゲリさんは一貫して、主人公バディは明日も目を覚ますことを信じています。
バディはバゲリさんと話した後、空を見上げ、伸びていく飛行機雲、羽ばたく鳥、運動場にいる子供たち、沈んでいく夕焼けをじっと見つめます。
それまで少し寒そうにしていたのに、景色に見入るバディ。
まるで、生まれて初めてそうした景色を見た人のようでした。
それでも結局、夜に穴に向かいます。
土の穴の中で横たわるバディ。
今にも雨が降り出しそうな雷雲。時折見える月夜の美しさ。
月が雲に隠れると、そこは漆黒の闇。
降り注ぐ雨と雷鳴。
その後、突然シーンが切り替わり、兵士たちが一列になってジグザグ道を走っています。映画の冒頭で主人公がやって見せたのと同じ、かけ声が聞こえます。
バディは、車に乗せた若い兵士にこう言っていました。
兵役についていた時は楽しかった。人生で最高の時だった。
親友にも出会えた。特に最初の半年が最高だった。
穴の中に入ったバディが、人生で一番楽しかった頃を思い出していたシーンのようにも思えましたが、その後、撮影クルーも主人公も映像内に映し出されるので、現実との境目が曖昧になってきます。
主人公バディにとっては、バゲリさんに会えたことで運命が変わったのかもしれません。
バゲリさんはバディのサクランボだったのですね。
何かや誰かに出会ったことで、今まで何の変哲もなかった世界が輝いて見える、そんなメッセージが伝わる素敵な映画です。
私にとってのサクランボはダリー語ですが、
皆さんにとってのサクランボは何(誰)ですか?
<追記>
ちなみに、ペルシア語の題名の桜桃はサクランボのことですが、映画の中で話される時は「ベリー(桑の実)」と言っています。そのことについて、キアロスタミ監督が記者会見が語った内容が当時の映画パンフレットに載っていましたので紹介します。
「(ベリーもサクランボも)違いはほとんどありません。季節感的には、ベリーの季節が終わる頃サクランボが出てくる。別に、ベリーとサクランボを置き換えてもいっこうに構わない。(後略)」
今日も読んでくださりありがとうございます。
では。