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アフガニスタン、ダリー語について

かまどが暗い

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

 

こんばんは。随分間があいてしまいました。

お元気ですか?

 

外国語の辞書を引くと、
「どうしてこういう慣用表現なんだろう?」と思うフレーズに出会います。

 

ペルシア語の辞書でاجاق (ojaaq)を引くと、
「かまど、レンジ、こんろ」と書かれています。

単語の意味を調べるときに、
いつも例文をざっと読むようにしているのですが、
اجاق (ojaaq)には、こんな表現があります。

 

اجاقش کور است.۱

<俗語>彼には子どもがない。

 

と書かれていました。


直訳すると、「彼のかまどは暗い」
という意味にしかならないのですが・・・・・・

 

そのまま覚えるしかない、
いつか分かる日がくるかも、と思っていました。

 

疑問は解消されないままでしたが、
先日読んだ小説にも似たような表現が出てきました。

 

اجاقش به کور میرفت.۱

(ujaaqash ba kore me-raft.)

 

(直訳:彼のかまどは暗くなっていった。)

 

彼には子どもがいなかった。

 

 

ダリー語の先生にこんな解説をしてもらいました。

 

この表現は、若い頃からある程度の年齢までは、
自分で薪を拾ってかまどに火をくべることができる。

だからかまどは明るい。


でも年を重ねると、それができなくなるので、
子供たちに薪を拾ってもらう役目を任せる。


子どもがいないということは、
薪をくべる人がいないということ。

なので、かまどが暗くなるという表現になったそうです。

 

私もかまどが暗い人なので、何だかこの表現は忘れられません。

現代だとロボットが薪を拾ってきてくれるかもしれませんね。

皆さんもそんな表現はありますか?

では。